謎のアナログシンセ PS-1000の正体が露わに!
いまアナログシンセサイザーがブームになっています。半世紀もも前の製品の復刻版も現れ、全盛期を彷彿せる盛況ぶりです。その一方で、当時製造された古い個体はメンテナンスが困難なため、実用可能なものは非常に少なくなってきています。
そんな中、PS-1000という名のシンセサイザーの内部構造とメンテナンスについて詳細に解説された記事を発見しました。さらに、その記事を通じて、愛好家によって精緻なサービスドキュメントが作成された事を知りました。これは高度な技術スキルを備えたエンジニアが、膨大な時間を費やして作成したものです。
半世紀前に製造された非常にニッチな製品に対して、これほどまでの取り組みが行われていることは、私にとって衝撃的な出来事でした。なぜならこのシンセサイザーは、50年以上も前に、私 yukio@jono.jp が開発を担当した製品だからです。
ESTECHON のホームぺージより
- ESTECHO によるPS-1000 部構造の解説とメンテナンスの経緯
- ESTECHO によるPS-1000 サービスドキュメントの紹介
- PS-1000サービスドキュメントのダウンロード
http://estecho.com/wp-content/uploads/2018/10/PS-1000_Haller_RevC.zip
(暗号化されていないので警告が出ます) - PS-1000のデモ動画
PS-1000の生産台数は500台以下だったと記憶しています。国内販売だけでなく輸出も行われましたが、半世紀を経た今、まともに動作する個体は殆どど残っていないはずです。このような状況下での ESTECHO と Richard’s very 両氏による多大なご努力に心から敬意を表します。
この製品は販売不振のため数カ月で製造中止になりました。その後50年も経った今、幸運にも PS-1000の図回路図を見付ける事ができたのでここに公開します。すでに Richard’s very 氏による完璧なリバースエンジニアリングが完成していますが、この回路図も何かに役に立つかもしれません。
PS-1000の回路図
試作倒れの ACETONE SY-100シンセサイザー
偶然 Baby Audio のサイトで SY-100という名のシンセサイザーが照会されているのを発見しました。これには驚きました。こんなものがよく残っていたものです。これはエース電子工業株式会社が PS-1000の前に商品化されようとしていたアナログシンセの試作品です。
Baby Audio のホームページより
当時、海外の代理店を通じて試作機を出展した事を記憶しています。おそらくこれはその時のものでしょう。このモデルの開発は2人で担当し、私は補佐役でした。
この SY-100 の内部は ARP Odyssey のクローンです。Odyssey を分解して回路を拾い上げる事から始めました。回路は定数を含めて Odyssey そのままなので、Odyssey との音の差は殆ど無いはずです。この試作品は2-3台しか作らなかったと記憶しています。
このSY-100 では ARP Odyssey を忠実に再現する事を目指しており、後の PS-100よりも上位に位置付けられる機能を備えていました。しかしその後、ハモンド・シンセサイザー 102200 の国産化のため、このSY-100 の製品化は棚上げされてしまいました。
SY-100から PS-1000へ
ハモンドシンセサイザーの国産化設計が一段落した後、エーストーン アナログシンセの開発が再開しました。すでに試作を終えた SY-100を製品化するという選択肢もありましたが、その道を選ばず、 仕様の異なる新モデルを開発することになりました。そして PS-1000と命名されたこの新モデルでは、低予算層をターゲットにして、仕様・外観・価格の最適化を行いました。
PS-1000 の内部
エーストーンシンセとしては二作目となる PS-1000の内部は、 Odyssey クローンの SY-100 とは大きく異なります。基本機能の変更は 2 vcoのOdysseyを 1 vcono に減らしたくらいですが、回路は全く異なります。特にオーディオ信号が通過する VCO → VCF → VCA には Odysseyの回路を一切使っていません。
VCOを1つに減らしたのは2つの VCOの特性を揃える事が難しかったというのがが主な理由です。信号系の回路を置き換えたのはコストの削減と、他社製品の真似はできるだけ避けたいという考えからです。Odysseyには VCOに精密な温度管理が可能な DUAL トランジスタが使われていました。またVCFとVCA には比較的高価な CA3080トランスコンダクランス OPアンプ(OTA)が幾つもつも使われていました。しかしこれらの価格はローエンドのアナログシンセには高すぎました。
そこでこれらの部品をすべてディスクリート回路に置き換えました。VCO は CMOS ゲート IC の端子処理の違いによつて生じる、しきい値(Threshold)の変化を利用して発信させるというユニークな設計です。S/HとADAR はほぼ Odyssey からの転用だったと記憶しています。他のソースからも回路を引用しましたが、全体的には独自性の高い設計になっていると思います。ちなみにこの頃、国内の楽器メーカーの殆どが Minimoogを手本にしており、トランジスタラダー型 VCF に対する特許侵害の指摘を受ける危険性がありました。事実、後に公開された Minimoog とR社 SH-3 のVCF回路で は、定数を含めて差異が見当たりませんでした。一方、独自設計の PS-1000ではこのような心配は無用でした。
ディスクリート部品で電圧制御回路では、差動回路を多用します。この差動回路には 特性が等しく、密に熱結合されたディュアルトランジスタが求められます。CANパッケージに収められたモノリシック型が最適なのですが、価格を抑える為 2つの独立したチップが1つにモールドされた、安価なディュアルトランジスタで代用しました。これが PS-1000の熱的安定性を損ねている最大の原要員です。
SY-100とPS-1000は、ローランド技術者の置き土産ではありません!
ローランド社は 1972年に設立され、1973年に SH-1000、1974年に SH-3を発売しました。一方、エース電子工業では 1974年 SY-100の試作品を出展、1975年(又は1976年)にPS-1000を発売しました。
この 2社の製品の開発時期が非常に近いため、「エーストーンのシンセサイザーはローランドに転職したエンジニアが、それまで在籍していたエース電子時代に開発したもので」あるかかのような書き込みが散見されます。中には梯氏個人が残したものであるとする書き込みもあります。
しかしそのような事実は一切ありません。ローランド社が設立された 1972年頃に大量の人的移動があり、この事で情報が途切れてしまっていますが、1974年の初頭に技術資料を確認した限りでは、社内にシンセサイザーに関する資料は存在しませんでした。
ACETONE SY-100はOdyssey のクローンで PS-1000は独自設計、その頃ローランド社では Minimoog を手本にしていたようなので、技術的には全くの別物です。
模倣は悪か?
PS-1000 を新規に開発するのではなく、試作を終えた SY-100を量産化するという選択肢もありました。しかし、クローン製品を作ることに対する後ろめたさや法的な問題に対する懸念がありました。また、後発ですので、先発他社より魅力的な製品をより安く販売する必要がありました。
そこで再設計に踏み切ったわけですが、もし 模倣品 SY-100をそのまま量産化していたらどうなっていただろうか?という想いが脳裏をよぎります。
SY-100をそのまま量産化していれば他社より優れた製品を同じような時期に発売でき、高い評価が得られたかもしれません。逆に法的な訴追を受けて損害を被っていたかもしれません。
現在、模倣はリバースエンジニアリングと名を変え、正当化されてきています。しかし法的に許されたとしても、他者の労力をかすめ取るような行為に後ろめたさを感じてします。リバースエンジニアリングは生産性を向上させ技術の進化を加速します。
リバースエンジニアリングと先達へのリスペクト。この2つの両立は、永遠のテーマなのかもしれません。

